丹念な 母の夜なべの 向うむき

2022.11.02

丹念な母の夜なべの向うむき                      下田実花


 母は夜なべで一心に仕事をしているのでしょう。そのひたむきさが背中に表れている。
「母さんは夜なべをして手袋あんでくれた」という、あの「母さんの歌」を思い出します。

母は黙々と仕事をする。子のために、家族のために、誰かのために、「他のため」に。
自らの仕事がそのまま、心をこめた「他のため」に尽くす行為となる。

「自分の生に、自分で意味を見出せるかどうかが、決定的に大事」だと言った哲学者がいましたが、ひとは常にこの課題と向き合っているのかもしれません。

黙って仕事をするという姿の背後には、誰しも深い思いがあることでしょう。


 「向うむき」とは、ひたすらに仕事をすることで顕われる他者への思いが、その他者のうえで働きだすことを念じている姿を言っているようです。
つまり、母さんが編んでくれた手袋は暖かくその子を木枯らしから守るに違いないのです。

 
 人間の繋がりとは、そういう目に見えない、思い思われる世界を持っているはずです。

この句の作者が、ふと思い浮かべた「向うむき」の母の背中は、生涯消えることのないまま、その人の人間性を育んでいるのです。

人の繋がりは単に人間社会やその関係性だけでは語り尽るものではありません。
ある種の「響き合い」の世界を持っています。あえて語らずとも、黙っていて感じあえる関係性を持っています。

それまで含めたうえでの人間同士の役どころのようなものがあるのではないでしょうか。
 

 「丹念な母の夜なべ」には、この句の作者の心に、その母の心が生きている感触として伝わってきます。

それが、自分の生に、自分で意味を見出していく、人生の実践の素直な有様として顕われてくるように思えます。


                                              南無阿弥陀仏